幸せな記憶を未来の自分の痛みに変えないために 〜 ひさみ ストーリー 12

私達は、日々、様々なエネルギーを循環して生きています。
時には、エネルギーが滞ることがあります。
そして、この滞ったエネルギーが人間に苦しみをもたらしていきます。

でも、今滞っているエネルギーを、理性で押し潰さずに、そのままの質で
今の自分が、愛を持って一緒に感じてあげることで癒され流れていきます。

 

夫が亡くなり、一人で時間を過ごしていた私は、
ある時、自分の感情エネルギーの一部が気になり始めます。そこはいつも滞っていて動きがとても鈍かったからです。
私は自分の内に入り、そのエネルギーに当てはまりそうな記憶を探っていくと、
また突然、哀しみの津波が襲ってきて号泣します。

号泣しながら視えているエネルギーラインは、未来の自分に大きく影響しているラインでした。過去の幸せな記憶を未来の自分の痛みに変えないために、今の私自身がしっかりと感じ切り、光を当てて、ちゃんと現実に落とし込む必要があると思いました。


『愛を痛みになんか変えない!!』

この滞ったエネルギーが、そのままの質で流れていくような場所へ、自ら進んで行こうと決めます。

 

夫の闘病生活中、私達はよくデパ地下にいき、その時の自分が食べたいと思うお惣菜を買って帰ることが楽しみの一つでした。ある日は試飲や試食で満腹。メインからデザートまで頂いちゃったことが可笑しくて笑いあったり、ある日は、食べたくて買った物が多すぎて、夕食がホテルのビュフェ状態になったりと、いつも笑いが絶えなかった楽しい記憶ばかり、、。
私にとってデパ地下は幸せの象徴のような場所でした。


夫がいなくなり独りデパ地下に行って、
幸せそうな家族や、年配のご夫婦を眺めていると、幸せの記憶が痛み(悼み?)になって溢れ出てきます。
もう私には訪れることのない未来を思って、感傷的な渦の中に入り心が苦しくなっていくのを感じます。


私は私を癒す目的を持って、それらの思いを愛の中で経験していました。


苦しさにじっと寄り添い、
瞬間瞬間出てくる気持ちに共鳴し感じていきます。

「そうだね。会いたいよね。辛いね。まだまだそばにいて欲しかったよね。一緒に来たかったね。もうできないね。辛いね、、辛いね、、」

一緒に過ごした記憶の数々に
心が痛みます。

この痛みを例えるなら、、
大火傷をして
赤い皮膚がむき出しになった状態のところに、潮風が強く吹き付けるような、、。

きっと、...

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悲しみを感じ切る。意識の転換を感じながら過ごした一人の時間 〜 ひさみ ストーリー 11

37歳夫の旅立ち

夫は、37歳でこの世から旅立っていきました。

夫が旅立った後、私は本当に大切なことを知ってしまった感覚に包まれました。

それは、夫の闘病生活と死をとおして、私に与えられた大きなギフトのようにも感じられました。

それを知ってしまった私は、このマテリアルな現実世界に属しながらも、まるで別の世界に生きているように感じます。

起きてくる出来事の裏には、いつも大きな愛の質の流れ(計画?)があり、今の意識がその中に溶け込んで一緒に流れているような世界、、。愛の質の中で、断片的だった出来事の数々が全体的に繋がっていく世界、、。シンプルで壮大、、。
(あーやはり、言葉を当てはめようとすると抽象的になってしまいます。)

 

でも実際、現実世界で活発に循環しているエネルギーは、マテリアルマインド(自我)の複雑な視点が優位で、、。世界を見る視点の違いや価値観が、私にとって大きなギャップとなりました。


肉体と繋がっているマテリアルマインド(自我)にも、それの質を根付かせたくて
私は外の世界の接触を避け、自分だけの時間を過ごすことを選びます。

どうして極端に人と会うことを避けたのか。
それは、決して哀しみで心を閉じたのではなく、周りの人が私に抱くイメージに、自分自身を合わせたくなかったから。

毎日1人で過ごす。。

現実世界に属している私は夫を失ったばかりですから、周りはさぞかし心配だったと思います。でも私の姉や親交の深い友人達は、私が連絡をしようと思える日までそっとしておいてくれました。
その大きな愛は、元気付けようと言葉をかけられる優しさより、私の心に強く響き、生きるパワーをくれました。

一方、夫が亡くなってから、もう長いこと会っていない友人や知人からは頻繁に連絡がくるようになりました。訃報はあっという間に伝わっていく早さにも驚きましたが、
エネルギーの違いにも驚きました。もちろん全ての人ではありませんでしたが、ほとんどの人のエネルギーの質は、お悔やみの言葉とは真逆の興味本位?のようなエネルギーの質だったからです。

まだ若いのにご主人を亡くして可哀想、、
どうやって生活していくんだろう、、
子供もいて大変、、
私だったら耐えられない、、
いつから癌だったの?
どんな治療をしてきたの?

そんなマテリアルマインドの思考の質がグルグル活発に動いているのが視えます。

...

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夫の闘病生活の中で思い出した 一瞬一瞬の奇跡 〜 ひさみ ストーリー ➉ 〜

夫の闘病生活が私達の日常になりました。

過去に意識を向ければ、
できなかったことを後悔し、
今の自分が心を痛めます。

未来のことを考えれば、
たちまち大きな不安に襲われて、
今という時がただ重く苦しいものになります。

夫と私は、大切なからエネルギーを奪われないために、
過去や未来に意識が飛んだ時は、
今、一緒にいることができる奇跡
にフォーカスする癖をつけていました。

そうやって、

ただ、今にいる

ということを、
一瞬一瞬、実践していました。


この日々の実践で、
私のマテリアルマインドがどんどん大人しくなり
子供の頃のように
スピリットマインドの中におさまっていくのがわかります。

スピリットマインドの平和地帯に溶けていくような
意識が一つに統合されていく感覚です。


私たちは、だんだんと、
何気ない日々の日常が
満ち足りていたことに気づくようになりました。

一緒に歩くこと
一緒にテレビを観ること
一緒に食事をしながら、たわいもない話をすること

健康な時は気にもとめず、通り過ぎていってしまう
日常の一コマがかけがえのない幸せになりました。

限られた時間の中で、
一緒に過ごせる奇跡を 私達は本気で楽しみました。


私は毎日、瞬間瞬間に意識の視点を合わせることを実践し、
今という時を一緒に過ごせる奇跡に感謝を向け続けていたら、

現実世界では、
夫の癌は進み続けている最悪の状態なのに、、、
きっと何の希望も感じられない状態なのに、、、

安全や安心を感じる満ち足りた感覚にいつも守られるようになりました。

死期が近づいてきている夫のエネルギーを見て、
彼も、同じように感じているのがわかりました。


彼のエネルギー状態を視ると、
マテリアルマインドの振動が弱まり
スピリットマインドの中に収まっているのがわかります。

この時、はっきりとわかったことがあります。

それは、

人間のマテリアルマインド(自我)がスピリットマインドの中に収まると、
一瞬一瞬に存在する満ち足りた世界を感じることができるんだ

ということ。


子供の頃に感じていた大いなる宇宙と一つになっているような感覚です。

(この感覚は大きすぎて、
この世界の言葉に翻訳されると、表現が無限に出てきます。
光、無条件の愛、完全、至福、平和、穏やかさ、心地よさ、
高次のエネルギー、ワンネスなど、、、)

 

手の施しようが無く10日という余命宣告を受けてから、...

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夫の癌宣告から、辿り着いた二つの選択肢 〜 ひさみ ストーリー ⑨

夫の体調が良くない日々が多くなり、ある時高熱が出て救急で病院に行くと、このまま帰すわけにはいかないので入院するようにと言われました。

その日のうちにいくつかの検査をされ、次の日には医師から癌の宣告を受けました。
夫はすぐに自分の余命を尋ねます。医師からは治療するには手遅れだということ、緩和治療を行いながらも余命は10日ほどと聞かされます。


私は、マテリアルマインド(自我)で、夫が37歳で死ぬことを知ってからは、私が彼の死期のラインを動かすことができると信じていたので、自分が変えることができなかった現実に無力感を感じていました。


ふと夫を見ると、夫のマテリアルマインドのエネルギー循環が止まっっています。
「いつ死んでも悔いはない!人生は太く短くがいい。長生きはしたくない。」と口癖のように言っていた夫でしたが、実際に死を宣告されると、全然覚悟ができていない人のように動揺しているのがわかります。

彼は、頭の中の思考が完全にストップしている様子でした。
彼のマテリアルマインドのエネルギーラインが完全停止すると、その背後からスピリットマインドのラインがはっきりと現れてくるのがわかりました。

その時私は、マテリアルマインドのラインは、初めからスピリットマインドのラインの中にあったということを理解します。

スピリットマインドになると、とてもシンプルで、
生きるという体験を楽しみたいという思いだけがそこにあります。

人は簡単に死を口にする傾向がありますが
それはマテリアルマインド(自我)が生んでいる言葉に過ぎません。
私達は本質のスピリットマインドになれば、肉体を持ってこの世界で生きることの素晴らしさを思い出すことができるのだ、ということもわかりました。


実際、癌を宣告された後の私達は、マテリアルマインドが持つ恐れの性質を、個々に超えていく必要がありました。

それぞれが自分の恐れと向き合いました。焦り、抵抗、葛藤、怒り、不安、悲しみ、など、沸き上がってくる感情を感じながらもがきました。

過去の私が鬱病になり、その時の「今」としっかりと向き合い自分軸を立て直してくれていたからこそ、こうして逃げずに、今の現実に向き合える自分になっていることに感謝しました。

私は、今の私が強く感じている恐れと向き合い続けました。

もがいて、もがいて、
もがききった後、...

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自分軸に戻る 〜 ひさみストーリー ⑧

32歳はじめの一歩

 

暗闇の底に行き着いたような感覚と解き放たれたような安堵感を感じた日から
私のマテリアルマインド(自我)の思考の質に変化が起き始めました。


それは、自然に当たり前のように夕食のメニューを考え出したこと。

自分から何かを創造する動きのある思考です。そしてその思考は、いとも簡単に現実の私を動かしたのです。私は自分の意思で、1人でスーパーに向かっていました。

え?メニューを考える?スーパーに行く?簡単なことでは?と思われた方もいるかもしれません。

でも、うつ状態が続くと、自分の中で光(創造)が循環している感覚を忘れてしまうので、何かを生み出す思考が蘇って動きにつながると、初めは戸惑いを感じるのです。

全てが新しい挑戦の連続のように思えます。

新しい行動という初めの一歩を踏み出してからの私は、
少しずつ、動きのある思考が増え、その思考の質が私を行動へと促し
エネルギーの流れが変わっていきました。

いつも夫に意識を向けていた私が、
今度は、自分自身の内側に意識を向けるようになったのです。

今まで依存する対象に流れていたエネルギーが、新たな創造エネルギーとしてポジティブな形で、自分自身へと循環し始めたのでしょう。

私は毎日一歩一歩、自分軸で歩く練習をしているように感じていました。

 

自分のペースで、興味を持ったマッサージや占いの学校に通い始めたり、
パートでお仕事をしてみたり。

 

この頃の私はまだ、10代、20代の頃のようなマテリアルマインドの視点が出ることもありましたが、子供の頃のように、エネルギーの領域スピリットマインドが主役になってきていました。

大きな愛の視点、スピリットマインドの中に、マテリアルマインド(自我)
が大人しく収まってしまったからなのか、、振動数の違いで、恐れの視点を保ち続けることができなくなり、私の意識も大きく変わりました。


不安でも安心みたいな、、怖いけど大丈夫みたいな、、そう、この世界の言葉で言い表そうとすると、どんどん辻褄が合わなくなっていく意識の領域です。(笑)

 

同じようにスピリットマインドが主役だった子供の頃と違う点は、
私の「エネルギー辞典」にたくさんの章ができていて、すぐに紐解くことができること。

そして、これまでの私と大きく違う点は
マテリアルマインド(自我)が、...

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依存の苦しみの先にあった、新しいエネルギーの誕生 〜 ひさみストーリー ⑦

スピリットマインドの情報を、マテリアルマインド(自我)でキャッチするようになってからは、夫がいなくなってしまう未来を想像し、私の中で恐れや不安の思考展開が瞬く間に広がりました。

娘が成長してきた月日の早さを振り返ると、恐れに焦りも加わります。

 

「年なんてあっという間だよ。どうしたらいいの、、主人がいなくなったら生きていけない。」

 

 私の世界の中心に彼がいるのは当たり前で、その彼がいなくなるということは、私のマテリアルな世界を根底から揺るがすことでした。

 

もし「依存」選手権があったなら、間違いなく上位位以内メダルが獲得できるでしょう。そのくらい私は夫に依存しきって生きていました。私の依存は夫でしたが、それが仕事だったり、子供だったり、親だったり、飼っているペットだったりする人もいるでしょう。

 

私は、自分自身の軸ではなく外側の軸にしがみついて生きてきたことを思い知らされます。

 

ここで少し、エネルギーの視点でお話ししたいと思います。

 

(エネルギーの次元はとてもシンプルで、ただその状態が起きているだけなのですが、この状態を第三者に向けて言語化しようと言葉を当てはめていくほど、シンプルさとかけ離れてしまいます。でも、本当はシンプルなんです!なので、頭ですべてを理解しようとせずにさらっとイメージしてみてくださいね。)

 

 外側に軸を置いている時は、その対象となっている人や事柄と繋がる、太いエネルギーラインがあります。その太いエネルギーの管に「依存」の質のエネルギー(思考、感情、思いなどのエネルギー)が勢いよく活発に流れ出て循環しています。

 

外側の状況が大きく変わると、今まで活発に循環されていたエネルギーの質も大きく変化するので、今までの流れが停滞し始めます。

 

自分の内側の軸(エネルギー循環の量)が弱いと、マテリアルマインドは、多くの場合、変化に伴うこのエネルギーの停滞を、無力感、劣等感、無価値感のような類のもので認識し始めます。何もかもが無くなるような感覚に陥ったり、絶望感死にたいという気持ちに繋げていってしまう傾向が強く出やすくなるのです。


私の場合、うつ病を発症しました。

 

...

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生まれてきたこと自体がギフト

 

多くの人が、特別な才能を持って活躍する人に憧れる傾向がありますが、エネルギーの視点から見ると、単純に羨ましいとも言えません。

なぜなら、そのエネルギーをマテリアルマインドだけで循環すると、人生が波乱万丈になるからです。

 

自分には何も才能がない、自分は世界に貢献できていない、と悩んでいる人がいたら、どうか、スピリットマインドの視点で自分自身を見てあげてください。

 

呼吸をしながら、自分自身に伝えます。

 

私のエネルギー自体が唯一無二のもの。

この個性こそ、私に与えられた特別なギフト。

 

温かい愛ある繋がりをいつもありがとうございます。

 

アレン 恒美

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突然、未来を知らされる 〜 ひさみ ストーリー ⑥

物質世界が消えた瞬間

13歳のある日、今まで同時に見えていたエネルギーの次元が突然視えなくなってから、私はマテリアルマインド(自我)が優位な状態で日々を重ねていきました。

そんな私に、また『ある日突然』が起きます。

それは15歳の時でした。また時間で表したら一瞬のことですが、今度は当たり前に視えていた物質世界が完全に消え、エネルギーの次元だけになったのです。

当然、物質世界が無いので、エネルギーの照らし合わせは起こりません。

純粋なエネルギーの次元だけだったので、現実で私が何をしている時に、それが起こったかを繋げる記憶の次元も存在しません。

 

その頃、私には付き合い始めた彼がいました。

エネルギーの次元だけになり知らされたことは、彼に関係している未来でした。 

「将来、彼と結婚する。19歳で母親になる。女の子が生まれる。彼が37歳で死ぬ」という人生の大まかな流れを知らされました。

(エネルギーの次元で知る様子をお伝えするときは、時間軸がある中で言葉で知らされ、言葉を使った思考で理解しているような表現になってしまいますが、実際の言語?は、テレパシーが近く、言葉も感覚に近い言語です)

 

突然、そんなことを知ってしまったら、普通はびっくりするのでしょう。

好きな人と結婚できることがわかるのは、心配がなくなり嬉しいのかも知れないけれど、いつ死ぬのかまでも知らされたら、、。

きっと未来を想像して、葛藤が膨らみ、恐れが増し、選択に迷い、考え込んでしまうと思います。それが良くも悪くもマテリアルマインド(自我)の性質だから。

でも、私がエネルギーの次元で知らされる時は、いつもスピリットマインド。

スピリットマインドなので恐れの質は0%。良い悪いの判断も生まれず、その体験をするということを、ただ、知るだけ。

「おおこの人と結婚できるんだ。私19歳でお母さんになれるんだ。そっか、友達の中で一番早く死んじゃうのね」知って完結。

 

これは今の私になってわかることですが、このように人生の全体の流れを知らされる時は、膨大なエネルギーの量が一瞬で循環するので、マテリアマインドだけではなく、マテリアルな物質世界すら私の中で存在できなくなるのだと思います。

 

その後の私は、この一連の流れを全部知っているのだけど、すっかり忘れて過ごします...

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恋愛のエネルギー 〜 ひさみ ストーリー ⑤

私も思春期を迎え、異性を意識するようになりました。
それは片思いでも両思いでも、誰かを思ってドキドキする恋愛だったり、
感情的なドラマに巻き込まれる恋愛だったり、、。


この頃のエネルギーの照らし合わせは、私が気になる人に夢中になっている瞬間や、恋愛をしている友達の話を聞いている時などに起きていました。

恋愛のエネルギーの質は「ものすごい強さで一点に集中しているエネルギー状態」
このエネルギーに近いイメージは、渦巻グルグル。(笑)

その活発な渦巻グルグルの中に、一点、想いを寄せている相手のエネルギーの質がマーブルチョコのように混ざってグルグルしているのです。

 

「これが、恋愛している時のエネルギー状態なんだ」と瞬時に知らされ理解します。恋愛に興味のある私は、またエネルギーが視たくて、意識的に恋愛している子を観察し続けるようになります。すると恋愛エネルギーは意外と簡単に視えてくるのです。

授業中の私の視点が変わり、勉強そっちのけで、エネルギーの照らし合わせが始まることを期待しながら、みんなの後ろ姿を直視するようになりました。(笑)


今は授業中で、その子の好きな人が、その場にいないのに、好意を寄せている相手のエネルギーの塊が常にその子と共にあってマーブルしています。私もエネルギーを視ていると、その相手がリアルに存在しているかのような錯覚が起きます。

面白いのは、恋愛している子の渦巻グルグルの中にいる相手のエネルギーの質と、実際の相手のエネルギーの質が全く違う時。これはファンタジーの世界で恋愛していて現実では、何も起きていないということも、後々わかってきました。

実際の印象もそうですが、恋愛している人のエネルギーは、気持ちが良いくらいに単純な配列でエネルギーもとてもわかりやすいのです。

でもどんなエネルギーの質にも言えることですが、バランスが大事で、
一点に集中していてわかりやすい恋愛のエネルギーの質も、渦巻が、あるレベル(独特な音を放った振動になる)まで達すると、現実では問題となって現れ始めます。黒い紙に虫眼鏡で太陽の光を一点に集めると焦げてしまいますよね。そんなイメージ。
一点に集中している分、奥行きもとてつもなく深いので、心の苦しみも深くなり、ストーリーも複雑化してしまうのです。

 

ほとんどの人が、スピリットマインド(魂と繋がったマインド)...
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エネルギーの領域が突然見えなくなる 〜 ひさみ ストーリー ④

13歳〜32歳 マテリアルマインドの目覚め

その朝のことをよく覚えています。

目が覚めると、今までと全く違う感覚でした。

何が違うのだろう?
すぐに気づきました。ずっと当たり前に見えていた、二つの次元の一つ、エネルギーの領域が消えているのです。

全開だったスピリットマインド(魂と繋がったマインド)も閉じ、どんな状況の中にいても安全でいつでも守られていた感覚が、私の中から突然消えました。


その朝を境目に、マテリアルマインド(自我)の私が優位になり「自我の思考の世界」で現実を体験し始めます。

エネルギーの領域が見えなくなった日から、私の内側はソワソワして居心地が悪くなり、自分の外側に安心できる居場所を探すようになりました。周りの目を気にするようになり、どう思われているかが異常に気になり始めます。

人に好かれる私にならなければという思いが急に強く感じるようになって、「人に嫌われる怖れを感じている新しい私」が自分の中の大半を占めるようになっていきました。日々、「人に合わせる」「人に好かれる」「外側に安全な居場所を見つける」ということに意識を注ぐようになります。


たまに、その状態を楽しんでいるスピリットマインドを、私の意識の片隅で感じることもありましたが、それはすぐに消え失せてしまいます。


マテリアルマインドが優位の新しい私の世界では、時々、ほんとうに時々、エネルギーを知る必要のあるポイントに来たときにだけ、スピリットマインドになり、エネルギーの領域が視えて照らし合わせが起きます。

でも以前と大きく違う点がありました。違う点を言葉すると、エネルギーの領域に深み?奥行き?が現れたこと。

マテリアルマインドのエネルギーの種類もさらに複雑になりました。
人間の感情や思考エネルギーの配列のようなもの(パターン)、そのエネルギーの拡大や縮小の流れ、変化を促す配列を知らされます。

言葉にすると、何それー!!ですよね。(笑)


でもエネルギーの領域とつながっている時の私は、いつもスピリットマインドですから、一瞬で照らし合わせ知らされ理解できるんです。
その時そこには、エネルギーの様子や理解したことを、他の人に話せる意識、マテリアルマインドは存在しません。

仕事として私のこの世界をシェアするようになるまでは、他の人に話すという発想自体がありませんでした

仕事をしていると、...

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