2021年を乗り越える 折り合いをつける視点

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前回、「ウィルスと呼ばれるようなもの」と共存して生きていく時代に入った、とお伝えしました。この新しい時代の中、これからあなたが直面する状況と、あなたがこうあるべきと思っている現実との間にギャップが出てくることが多くなります。

ギャップがあると反応するのは当たり前。それに加え今年はジェットコースターのように気分も感情も、アップダウンが激しくなるとお伝えしました。ですからギャップからくる反応も受け入れてしまった方が気持ちが楽になります。エネルギーの抵抗が少なくなり、日々の気力も奪われません。あまり神経質にならずに、新しい視点を自分の中に育てていくことを目標にするといいと思います。

新しい視点は、あなたが日々、自分自身に問いかけていく新しい習慣で作られていきます。

「今の自分が折り合いをつけられる新しい視点柔軟な心の視点はどこだろう?」

現実との間にギャップを感じているときは、こんな感じの問いかけがおすすめです。

ここで大切なこと。新しい視点ですから、あなたの思いや願望、価値観に固執しないで離れます
そしてあなたの外側で起きてきた出来事、他者との関係性の中で生まれるギャップに対して
今のあなたの気持ちが折り合いをつけられる新しい心の視点を決めます。柔軟な考え方や受け止め方を自分の中に新しく創造していきましょう。

新しい時代は、外側でも内側でも、変化が次々とやってくるので
変化の流れに柔軟な視点を持っていることは、とても重要だと思います。
今という時の連続を、幸せな心で過ごせるか否かの別れ道になるからです。私達は、過去には戻れないし、未来の保証なんて初めから何処にもありません。だからこそ、今という時を幸せな心で過ごせる意識の質を、持ち続けていきたいですよね。


今年は外側で起きてくる出来事、他者との関係性の中で生まれるギャップをどう捉えていくかがポイントです。
コロナを例に取ると、、。
今、誰もが感染するリスクを負っていますから、敏感に反応しやすいですし、
自粛の程度や受け止め方も様々です。コロナ禍における行動や価値観の違いから、ギャップが生まれやすいといえるでしょう。

どちらの方が正論か

どちらの方がより一生懸命取り組んでいるか

どちらの方が我慢しているか
誰に責任があるのか
誰が無責任なのか、、、。
「どちらの方が」「誰が」この循環から、そろそろ一人一人が自覚を持って離れていく時です...

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2021年、新しい意識を作るために あなたにできること

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前回、今年は、変化に柔軟に対応していく心や意識を作っていく土台となる年だというお話をしました。

では、そのために今年のあなたにできることはなんでしょう?

それは、不安や恐れを大きくしていかないこと。


ジェットコースターのように変化する感情を感じても、感情が作り出したストーリーのなかに今のあなたの意識が引きずり込まれないように注意してください。これは過去を起点に小さな枠の中だけでエネルギーが循環し続けるので、今という時に心の広がりを感じられなくなってしまいます。

今年はジェットコースター!気分の浮き沈みは当たり前!強い感情が伴うのも自然なこと!
初めに、当たり前に起こることとして受け入れてしまいましょう。

あなた自身が、自分の考えや思いそのものになってしまって、感情に巻き込まれていかないように。


不安や恐れが土台になっている強い感情を感じたら、


「そうだった、今年は、変化に柔軟に対応していく年だったな」と思い出してください。


そして、その感情を映画を見るように眺め、感じ切ることに挑戦してみてください。
今年はこれを、なんちゃって挑戦ではなく、本気で挑戦してみてくください。

感じ切るってこと自体ががよくわからない人は、まず自分の軸(スピリットマインドの入口)に意識を向けましょう。
自分の軸を知る方法は簡単です。目を閉じて内側に意識を向けて数回深呼吸したときに、自分の意識が自然と集中していく場所になります。

あなたの中にある、その軸(スピリットマインドの入口)は、どんな状況でも周りから一切影響を受けない、静かで安全な場所だと知ってください。あなたの中にある、その安全な場所から、強い感情を感じているあなたを眺めるのです。

あなたの意識を二つに分けるイメージを持つとわかりやすいかも知れません。強い感情を感じている自分を、もう1人の自分が眺める、、みたいな。

反応が起きたら、いつもこれを繰り返します。

この繰り返しの習慣が馴染んであなたの一部となれば、あなたの日々の暮らしは、常に新しい視点が優位に働くようになります。
『ウィルスと名付けられるようなもの』と共存して生きていく時代に入り、その変化とともに起きてくる、一見ネガティブに映る現象の中にいても、今にある幸せを見失うことなく、『変化に対応していく柔軟な心の視点』がいつの間にかあなたの一部になります。


(安心して。...

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2021年は 変化に柔軟に対応していく意識を作る 土台の年

今年は、いつ元の生活に戻れるのかと、過去を起点に今を見ることから離れましょう。ウィルスと共に生きていく新しい時代がスタートし、変化に柔軟に対応していく心や意識を作っていく土台づくりの年でもあります。


個人のレベルでは、新しい考えが出てきたらまずは行動してみることをお勧めします。なんでも進んで実践して行った方が、新しい時代でのあなたの新しい習慣が作られていきます。

社会や組織のレベルでは、過去を起点としているものを見直し、新しい社会、システム、規律を作っていくこと。

 自分自身の新しい側面を表現しようとする時、新しいシステムや組織を作ろうとする時、今までの状態や考え方に属しているマテリアルマインド(自我)が混乱するのは自然なことです。ですから、今年は、気分がジェットコースターのように変化します。

そのため、自分軸を持っていることが、今まで以上に大切になってきます。自分の進む方向をしっかりと定めていないと、いつの間にか迷って、思っていたのとは違うところに辿りついてしまいます。

そうならないために、自分の意識が、自分の向かう方向からずれていないか、立ち止まって確認することが大切です。

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夫からの愛を受け取りながら 〜 ひさみ ストーリー 13

実は、夫が亡くなった時から、
私は彼の存在をずっと感じていました。

それは夫の死を告げられる数秒前のこと。
私の頭の中で声がしたのです。

「なんだこれ?
身体がすごく楽になった。
こんなに楽だったら、早く死ねばよかったよ。」

それはまるで私の脳を彼が共有している感覚です。

彼は、少し前の元気だった時の姿で現れ、身も(実際肉体はありませんが)心も軽くなっていることを、私は自分の感覚を通して味わいます。

後になって、人は亡くなった後、自分が一番輝いていた時の姿になることが多いと聞きましたが、私の脳を共有して現れた夫も、生き生きと仕事をしていて自信に満ち溢れていた頃の姿で現れました。
その頃よく着ていた、お気に入りのスポーツウェアの上下に、いつも手にしていたプラダのカバンを持って。

夫のエネルギーは、実際に生きていたその当時と同じエネルギーに満ち溢れていました。


それからも、彼の声が頭の中に聞こえていて、
日々私は、彼と会話をしながら暮らすようになりました。

始めの頃は、喪失感で私の精神が病んでいるのかと思うこともありましたが、
彼の声はいつも、私の思考にかぶさる形で話しかけてくるので、私が頭の中で作りあげた会話ではないことがハッキリとわかりました。


それに私達は、彼が生きているときに、よく話し合っていたことがあります。
それは、彼が肉体から離れた後、どのようにコンタクトを取るかということ。

この話し合いをする時は、いつの日か必ずやってくるであろう現実が、永遠の闇にしか感じられなくて、恐ろしくて泣きだすことが多かった私に、
彼はいつも『お前は絶対に俺がわかるから大丈夫。お前が俺をわからないわけがない。絶対にわかるから。自分の感覚を信じろ。』と言うのです。

私は、無理無理無理!と号泣しながらも、妙に説得力のあるパワフルな彼の言葉に、いつも助けられていました。

私達はいろんな合図や方法を決めましたが、実際肉体がなくなり彼が使えたのはそのうちのいくつかだけです。


きっと、彼の世界とこちらの世界では勝手が違うのでしょうね。
沢山決めておいて本当に良かったと思いました。

次元の違うコミュにケーションでわかったことは、あちらの世界から、こちらの世界へ伝わりやすい合図は、どうやら限られているということ。このことは機会がありましたら、また皆さんにシェアしたいと思っています。

...

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幸せな記憶を未来の自分の痛みに変えないために 〜 ひさみ ストーリー 12

私達は、日々、様々なエネルギーを循環して生きています。
時には、エネルギーが滞ることがあります。
そして、この滞ったエネルギーが人間に苦しみをもたらしていきます。

でも、今滞っているエネルギーを、理性で押し潰さずに、そのままの質で
今の自分が、愛を持って一緒に感じてあげることで癒され流れていきます。

 

夫が亡くなり、一人で時間を過ごしていた私は、
ある時、自分の感情エネルギーの一部が気になり始めます。そこはいつも滞っていて動きがとても鈍かったからです。
私は自分の内に入り、そのエネルギーに当てはまりそうな記憶を探っていくと、
また突然、哀しみの津波が襲ってきて号泣します。

号泣しながら視えているエネルギーラインは、未来の自分に大きく影響しているラインでした。過去の幸せな記憶を未来の自分の痛みに変えないために、今の私自身がしっかりと感じ切り、光を当てて、ちゃんと現実に落とし込む必要があると思いました。


『愛を痛みになんか変えない!!』

この滞ったエネルギーが、そのままの質で流れていくような場所へ、自ら進んで行こうと決めます。

 

夫の闘病生活中、私達はよくデパ地下にいき、その時の自分が食べたいと思うお惣菜を買って帰ることが楽しみの一つでした。ある日は試飲や試食で満腹。メインからデザートまで頂いちゃったことが可笑しくて笑いあったり、ある日は、食べたくて買った物が多すぎて、夕食がホテルのビュフェ状態になったりと、いつも笑いが絶えなかった楽しい記憶ばかり、、。
私にとってデパ地下は幸せの象徴のような場所でした。


夫がいなくなり独りデパ地下に行って、
幸せそうな家族や、年配のご夫婦を眺めていると、幸せの記憶が痛み(悼み?)になって溢れ出てきます。
もう私には訪れることのない未来を思って、感傷的な渦の中に入り心が苦しくなっていくのを感じます。


私は私を癒す目的を持って、それらの思いを愛の中で経験していました。


苦しさにじっと寄り添い、
瞬間瞬間出てくる気持ちに共鳴し感じていきます。

「そうだね。会いたいよね。辛いね。まだまだそばにいて欲しかったよね。一緒に来たかったね。もうできないね。辛いね、、辛いね、、」

一緒に過ごした記憶の数々に
心が痛みます。

この痛みを例えるなら、、
大火傷をして
赤い皮膚がむき出しになった状態のところに、潮風が強く吹き付けるような、、。

きっと、...

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悲しみを感じ切る。意識の転換を感じながら過ごした一人の時間 〜 ひさみ ストーリー 11

37歳夫の旅立ち

夫は、37歳でこの世から旅立っていきました。

夫が旅立った後、私は本当に大切なことを知ってしまった感覚に包まれました。

それは、夫の闘病生活と死をとおして、私に与えられた大きなギフトのようにも感じられました。

それを知ってしまった私は、このマテリアルな現実世界に属しながらも、まるで別の世界に生きているように感じます。

起きてくる出来事の裏には、いつも大きな愛の質の流れ(計画?)があり、今の意識がその中に溶け込んで一緒に流れているような世界、、。愛の質の中で、断片的だった出来事の数々が全体的に繋がっていく世界、、。シンプルで壮大、、。
(あーやはり、言葉を当てはめようとすると抽象的になってしまいます。)

 

でも実際、現実世界で活発に循環しているエネルギーは、マテリアルマインド(自我)の複雑な視点が優位で、、。世界を見る視点の違いや価値観が、私にとって大きなギャップとなりました。


肉体と繋がっているマテリアルマインド(自我)にも、それの質を根付かせたくて
私は外の世界の接触を避け、自分だけの時間を過ごすことを選びます。

どうして極端に人と会うことを避けたのか。
それは、決して哀しみで心を閉じたのではなく、周りの人が私に抱くイメージに、自分自身を合わせたくなかったから。

毎日1人で過ごす。。

現実世界に属している私は夫を失ったばかりですから、周りはさぞかし心配だったと思います。でも私の姉や親交の深い友人達は、私が連絡をしようと思える日までそっとしておいてくれました。
その大きな愛は、元気付けようと言葉をかけられる優しさより、私の心に強く響き、生きるパワーをくれました。

一方、夫が亡くなってから、もう長いこと会っていない友人や知人からは頻繁に連絡がくるようになりました。訃報はあっという間に伝わっていく早さにも驚きましたが、
エネルギーの違いにも驚きました。もちろん全ての人ではありませんでしたが、ほとんどの人のエネルギーの質は、お悔やみの言葉とは真逆の興味本位?のようなエネルギーの質だったからです。

まだ若いのにご主人を亡くして可哀想、、
どうやって生活していくんだろう、、
子供もいて大変、、
私だったら耐えられない、、
いつから癌だったの?
どんな治療をしてきたの?

そんなマテリアルマインドの思考の質がグルグル活発に動いているのが視えます。

...

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夫の闘病生活の中で思い出した 一瞬一瞬の奇跡 〜 ひさみ ストーリー ➉ 〜

夫の闘病生活が私達の日常になりました。

過去に意識を向ければ、
できなかったことを後悔し、
今の自分が心を痛めます。

未来のことを考えれば、
たちまち大きな不安に襲われて、
今という時がただ重く苦しいものになります。

夫と私は、大切なからエネルギーを奪われないために、
過去や未来に意識が飛んだ時は、
今、一緒にいることができる奇跡
にフォーカスする癖をつけていました。

そうやって、

ただ、今にいる

ということを、
一瞬一瞬、実践していました。


この日々の実践で、
私のマテリアルマインドがどんどん大人しくなり
子供の頃のように
スピリットマインドの中におさまっていくのがわかります。

スピリットマインドの平和地帯に溶けていくような
意識が一つに統合されていく感覚です。


私たちは、だんだんと、
何気ない日々の日常が
満ち足りていたことに気づくようになりました。

一緒に歩くこと
一緒にテレビを観ること
一緒に食事をしながら、たわいもない話をすること

健康な時は気にもとめず、通り過ぎていってしまう
日常の一コマがかけがえのない幸せになりました。

限られた時間の中で、
一緒に過ごせる奇跡を 私達は本気で楽しみました。


私は毎日、瞬間瞬間に意識の視点を合わせることを実践し、
今という時を一緒に過ごせる奇跡に感謝を向け続けていたら、

現実世界では、
夫の癌は進み続けている最悪の状態なのに、、、
きっと何の希望も感じられない状態なのに、、、

安全や安心を感じる満ち足りた感覚にいつも守られるようになりました。

死期が近づいてきている夫のエネルギーを見て、
彼も、同じように感じているのがわかりました。


彼のエネルギー状態を視ると、
マテリアルマインドの振動が弱まり
スピリットマインドの中に収まっているのがわかります。

この時、はっきりとわかったことがあります。

それは、

人間のマテリアルマインド(自我)がスピリットマインドの中に収まると、
一瞬一瞬に存在する満ち足りた世界を感じることができるんだ

ということ。


子供の頃に感じていた大いなる宇宙と一つになっているような感覚です。

(この感覚は大きすぎて、
この世界の言葉に翻訳されると、表現が無限に出てきます。
光、無条件の愛、完全、至福、平和、穏やかさ、心地よさ、
高次のエネルギー、ワンネスなど、、、)

 

手の施しようが無く10日という余命宣告を受けてから、...

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夫の癌宣告から、辿り着いた二つの選択肢 〜 ひさみ ストーリー ⑨

夫の体調が良くない日々が多くなり、ある時高熱が出て救急で病院に行くと、このまま帰すわけにはいかないので入院するようにと言われました。

その日のうちにいくつかの検査をされ、次の日には医師から癌の宣告を受けました。
夫はすぐに自分の余命を尋ねます。医師からは治療するには手遅れだということ、緩和治療を行いながらも余命は10日ほどと聞かされます。


私は、マテリアルマインド(自我)で、夫が37歳で死ぬことを知ってからは、私が彼の死期のラインを動かすことができると信じていたので、自分が変えることができなかった現実に無力感を感じていました。


ふと夫を見ると、夫のマテリアルマインドのエネルギー循環が止まっっています。
「いつ死んでも悔いはない!人生は太く短くがいい。長生きはしたくない。」と口癖のように言っていた夫でしたが、実際に死を宣告されると、全然覚悟ができていない人のように動揺しているのがわかります。

彼は、頭の中の思考が完全にストップしている様子でした。
彼のマテリアルマインドのエネルギーラインが完全停止すると、その背後からスピリットマインドのラインがはっきりと現れてくるのがわかりました。

その時私は、マテリアルマインドのラインは、初めからスピリットマインドのラインの中にあったということを理解します。

スピリットマインドになると、とてもシンプルで、
生きるという体験を楽しみたいという思いだけがそこにあります。

人は簡単に死を口にする傾向がありますが
それはマテリアルマインド(自我)が生んでいる言葉に過ぎません。
私達は本質のスピリットマインドになれば、肉体を持ってこの世界で生きることの素晴らしさを思い出すことができるのだ、ということもわかりました。


実際、癌を宣告された後の私達は、マテリアルマインドが持つ恐れの性質を、個々に超えていく必要がありました。

それぞれが自分の恐れと向き合いました。焦り、抵抗、葛藤、怒り、不安、悲しみ、など、沸き上がってくる感情を感じながらもがきました。

過去の私が鬱病になり、その時の「今」としっかりと向き合い自分軸を立て直してくれていたからこそ、こうして逃げずに、今の現実に向き合える自分になっていることに感謝しました。

私は、今の私が強く感じている恐れと向き合い続けました。

もがいて、もがいて、
もがききった後、...

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自分軸に戻る 〜 ひさみストーリー ⑧

32歳はじめの一歩

 

暗闇の底に行き着いたような感覚と解き放たれたような安堵感を感じた日から
私のマテリアルマインド(自我)の思考の質に変化が起き始めました。


それは、自然に当たり前のように夕食のメニューを考え出したこと。

自分から何かを創造する動きのある思考です。そしてその思考は、いとも簡単に現実の私を動かしたのです。私は自分の意思で、1人でスーパーに向かっていました。

え?メニューを考える?スーパーに行く?簡単なことでは?と思われた方もいるかもしれません。

でも、うつ状態が続くと、自分の中で光(創造)が循環している感覚を忘れてしまうので、何かを生み出す思考が蘇って動きにつながると、初めは戸惑いを感じるのです。

全てが新しい挑戦の連続のように思えます。

新しい行動という初めの一歩を踏み出してからの私は、
少しずつ、動きのある思考が増え、その思考の質が私を行動へと促し
エネルギーの流れが変わっていきました。

いつも夫に意識を向けていた私が、
今度は、自分自身の内側に意識を向けるようになったのです。

今まで依存する対象に流れていたエネルギーが、新たな創造エネルギーとしてポジティブな形で、自分自身へと循環し始めたのでしょう。

私は毎日一歩一歩、自分軸で歩く練習をしているように感じていました。

 

自分のペースで、興味を持ったマッサージや占いの学校に通い始めたり、
パートでお仕事をしてみたり。

 

この頃の私はまだ、10代、20代の頃のようなマテリアルマインドの視点が出ることもありましたが、子供の頃のように、エネルギーの領域スピリットマインドが主役になってきていました。

大きな愛の視点、スピリットマインドの中に、マテリアルマインド(自我)
が大人しく収まってしまったからなのか、、振動数の違いで、恐れの視点を保ち続けることができなくなり、私の意識も大きく変わりました。


不安でも安心みたいな、、怖いけど大丈夫みたいな、、そう、この世界の言葉で言い表そうとすると、どんどん辻褄が合わなくなっていく意識の領域です。(笑)

 

同じようにスピリットマインドが主役だった子供の頃と違う点は、
私の「エネルギー辞典」にたくさんの章ができていて、すぐに紐解くことができること。

そして、これまでの私と大きく違う点は
マテリアルマインド(自我)が、...

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依存の苦しみの先にあった、新しいエネルギーの誕生 〜 ひさみストーリー ⑦

スピリットマインドの情報を、マテリアルマインド(自我)でキャッチするようになってからは、夫がいなくなってしまう未来を想像し、私の中で恐れや不安の思考展開が瞬く間に広がりました。

娘が成長してきた月日の早さを振り返ると、恐れに焦りも加わります。

 

「年なんてあっという間だよ。どうしたらいいの、、主人がいなくなったら生きていけない。」

 

 私の世界の中心に彼がいるのは当たり前で、その彼がいなくなるということは、私のマテリアルな世界を根底から揺るがすことでした。

 

もし「依存」選手権があったなら、間違いなく上位位以内メダルが獲得できるでしょう。そのくらい私は夫に依存しきって生きていました。私の依存は夫でしたが、それが仕事だったり、子供だったり、親だったり、飼っているペットだったりする人もいるでしょう。

 

私は、自分自身の軸ではなく外側の軸にしがみついて生きてきたことを思い知らされます。

 

ここで少し、エネルギーの視点でお話ししたいと思います。

 

(エネルギーの次元はとてもシンプルで、ただその状態が起きているだけなのですが、この状態を第三者に向けて言語化しようと言葉を当てはめていくほど、シンプルさとかけ離れてしまいます。でも、本当はシンプルなんです!なので、頭ですべてを理解しようとせずにさらっとイメージしてみてくださいね。)

 

 外側に軸を置いている時は、その対象となっている人や事柄と繋がる、太いエネルギーラインがあります。その太いエネルギーの管に「依存」の質のエネルギー(思考、感情、思いなどのエネルギー)が勢いよく活発に流れ出て循環しています。

 

外側の状況が大きく変わると、今まで活発に循環されていたエネルギーの質も大きく変化するので、今までの流れが停滞し始めます。

 

自分の内側の軸(エネルギー循環の量)が弱いと、マテリアルマインドは、多くの場合、変化に伴うこのエネルギーの停滞を、無力感、劣等感、無価値感のような類のもので認識し始めます。何もかもが無くなるような感覚に陥ったり、絶望感死にたいという気持ちに繋げていってしまう傾向が強く出やすくなるのです。


私の場合、うつ病を発症しました。

 

...

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